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Autumn
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風が少し、肌寒い。 直江との約束の時間まで、あと数分。 実は、さっきまで芝居を観てた。 美弥が行けないからと譲ってくれた芝居の一枚のチケット。 芝居なんて本当に久しぶりだった。 『海の上のピアニスト』 生まれてからついに船を降りることなく一生を終えたピアニスト"ノヴェチェント" 船の爆破と共に消えた命。 おまえはそれでよかったのか、後悔はしないのか？ 船の上が、おまえの生きる場所だったんだな――… 一度は32歳の時、陸に出ると決意した時もあった。 ただ一度だけ。 でも、三歩以上は踏み出せなかった。 彼にできたのは引き返すことだけだった。 不幸だと愚か者だと人は感じるだろうか…。 しかし彼は言う。 『限られた鍵盤の中で、それを自由に弾く人間だけが無限なんだ』 いや、彼は踏み出す瞬間、気づいたに違いないんだ ――…道を、無限を、今の自分の中に 「――…直江」 “オレの生きる場所は――…” ※※※ 「高耶さん！」 直江は、息を切らして走ってきた。 自分より遅く着いたことに気づき、焦った様子だ。 「すみません、待たせてしまったようですね」 「いや別に、時間過ぎてるわけじゃないから気にすんな」 「…それよりさ」 「なんですか？」 「――…腹減った」 直江は、高耶のその一言を耳にして、穏やかに微笑む。 「なんか食わせてくれるんだろ？、食欲の秋だからな」 「あなたの望むままに…」 ※※※ 街並みに響く、ＢＧＭのピアノの旋律。 ノ ヴェチェント、おまえは船と共に消える瞬間に何を思ったのだろう。 ――風が吹く。 木々が紅葉に染まってゆく。 今はなにも考えずに、 この秋を少しでも―…楽しむことにしようか END |
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＜コメント＞ 市村正親さんの一人芝居「海の上のピアニスト」を観たのでその影響。 秋を感じていただけたら幸い。 2002.09.02 桜 |