夜半に降る激しい雨音に目が覚める。
隣に眠る男を起こさぬように気遣いながら、高耶はそっと身を起こした。
暗闇の中、椅子に無造作に掛けてあったローブを羽織り、窓辺に向かう。
ガラス窓に叩きつける冷たい雨は、胸の奥に刺さるような、ちりりとした痛みを伴って高耶のなかの記憶を呼び覚ました。
あれは…─数ヶ月前のことだった。
こんな雨の中、高耶は…いまはベッドに眠っている男、直江と出逢った。
誰かれとなく噛み付いて、やさぐれた獣のようだった自分。
そう、あの雨の日も─…
(何時もなら、あんなヤツら、簡単に伸しちまうところだったのに。多勢に無勢だったせいもあるかもしれない。だけど、あの日は熱があったんだ…）
何とか逃げおおせたものの、ビルの狭い隙間の壁に凭れて、高耶は動けなくなってしまった。
冷たい雨は躯を凍えさせたけれど、それが心地良いなんて…恐らく熱が上がっていたのだろう。
だが意識が朦朧とし始めてきた頃、思い出したくもない過去が、降りしきる雨がまとわりつくように、高耶を冷たく濡らしていった。
こんな雨の日に、自分は捨てられた。
幼い頃、母親に置き去りにされた自分の想いが甦る。
『ここにいるのよ…』
そう言い残した母親は、ずっと…ずっと。待っても、石のように硬くなるまで待ち続けても帰っては来なかった。
捨てられたと知ったのは、その場で意識を失って、肺炎を起こしかけ…漸く目覚めた後のことだった…─
ガラスに映る高耶の顔は、過去の痛みに歪んでいた。
寒くて冷たいその出来事に、思わず躯が震えだす。
（─…寒い…）
自分で自分を抱き締めても、その凍えた記憶は消えはしない。その冷たさは自分の中の、ずっと奥深く、中芯までをも凍らせるかのようだった。
けれど自分はいつも、そうやって…凍える心をきつく抱いて嵐をやり過ごしてきた。
それが自分の強さだと信じていた。そうすることが、壊れゆく精神の形を留める唯一の癒しでもあったのだから…─
ふいに、辺りの空気が和らいだ。
暖かなものが冷え切った肌に浸透して行く─
「…どうしたんですか」
「…直江…」
温もりは、直江の腕の中。大きな翼のかいなに抱かれ、高耶は小さく安堵の吐息を吐いた。
どうやら思惑の深淵…その湖の奥底に沈んでいたせいで、何時の間にか佇んでいた背後の直江に気付かなかったようだ。
「眠れない？」
「…いや…」
「…雨の音が気になりますか」
「……雨は…嫌いだ…」
雨の日は、冷たい記憶を高耶に刻んだ。だから…─
「でも…雨の日に、私はあなたに出会えた…」
「直江…」
そう、あの雨の日─…ビルの狭間で蹲っていた高耶を見つけたのは、いま目の前にいる男、直江だった。
高熱を出し意識を失っていた彼を介抱し、通常の生活が送れるようになるまでの数日間、面倒をみてくれたのだ。
本当は…熱が引いた時点で、ここから、直江のマンションから出て行くつもりだった。
けれど、あの時…高耶には帰る場所などなかったのだ。
施設なんて、とうに追い出されていた。そして住み込みで働いていたバイト先すら、タチの悪い奴らに追い出される羽目になったのだ。
それがあの時の喧嘩の要因でもあったのだが…─
『…帰るところなんて…ねーよ…』
自分は何故、あの時あんなふうに直江に縋るような甘えた思いを吐露してしまったのか。
それは…いまも分からない。
けれどそれは多分…この男…直江の腕の中が、あまりに暖かだったから。
いまも、凍えている自分など思い出せないほどに、暖かだから…─
「寒いのなら、暖めてあげる。凍えているなら…溶かしてあげる…」
背後から顎を捉えられ、柔らかいもので口唇が覆われる。
それは始め、ゆっくりと解すように優しく包み、吸い上げて…─
やがて湿った音を立て、深く深く交わっていく。
「う、ん…っ」
甘い吐息が漏れる頃。
羽織っていたローブは床に落ち、裸身のシルエットが夜の闇に映し出された。
夜半の冷たい雨は、より一層激しくガラス窓を叩いている。
けれど…それはもう、高耶を凍えさせることはない。
いま高耶を濡らすのは、直江に施される愛撫。
それは狂いそうなほど熱く彷徨い、冷たい肌を蕩かしていく。
ずっと欲しかった場所。還りたかった場所は、ここにある…─
咬みつくような口づけを交わしながら、直江は高耶の剥き出しの臀部を揉みしだいた。
時折、悪戯に触れる指先が、数時間前に己の凶器で散々かき回した場所を探る。
そこは未だ生々しい行為の名残に熱を持ち、ふっくらと熟れていた。
「ん…ぅ…」
やわやわと襞を撫でてやると、高耶の口唇から甘ったるい吐息が漏れた。
「さっきあんなにしたのに…まだ足りなかったんですか」
そう、ふたりはほんの数時間前に抱き合って…互いに数回果てた後、漸く眠りについたはずだったのに。
揶揄うような口ぶりで囁く直江を、高耶は一瞬きつい眼差しで見上げた。だが思い直したようにその腕を男の首に回し絡めると、
艶やかな微笑を口元に浮かべた。
「…おまえだって…欲しいんだろ…」
情欲に掠れたその声の、何と甘美なことか─
それは直江の中のオスを充分に奮い立たせる媚薬、だった。
「予想外でしたよ…あなたがこんなにセックスに貪欲になるなんて。初めての時は、あんなに…」
「…おまえが…教えたんだろう…？」
「高耶さん…」
「こんなふうに…」
高耶が片脚を直江の脚に絡め、昂ぶる象徴を同様に硬く撓るソレに擦りつけた。
「…悪い子だ…」
応えるように高耶の腰を抱き寄せて、熱く潤む瞳を見つめ、直江が低く囁く。
それに艶然とした微笑を返し、高耶はより一層肌を密着させて強請るように腰を回した。
「軽蔑するか？こんなオレを…」
「まさか…その逆ですよ…」
そう言うと、直江は徐に腰を落として恭しく跪くと、高耶の足に口づけた。
「直江…」
うっとりと男の名を呼びながら、高耶は再び訪れるだろう嵐の予感に震え、きつく瞼を閉じた。
「あなたを愛している…」
時は、満ちた─…
出窓に軽く腰掛けた直江の上に、高耶が跨っている。
繋がった場所からは引っ切り無しに卑猥な音が漏れて、それがふたりを更に煽った。
出入りする楔は濡れそぼり、高耶のソコをいっぱいにしている。
直江の腹筋に擦られている高耶の昂ぶりも、先端からとろとろと先走りを零し、自身をぬらぬらと濡らしていた。
「あ、アァ…あ、はぁ・・ッ」
半開きの厚めの口唇は唾液に濡れて、歓喜の叫びを上げている。
突き上げと同時に直江に弄ばれている乳首は痛々しいほど紅く染まり、高耶の肌を鮮やかに彩っていた。
「ああぁ…ッ、も…イク…っ、イッちまう…！」
「高耶さん…一緒に…っ」
直江がギリギリまで腰を引き、高耶を穿つ。刹那─ふたりは同時にその禁を解いていた。
直江の胸にぐったりと躯を預けて呼吸が治まるのを待っていた高耶が、ふいに視線を窓の外へと向けた。
「…高耶さん？」
「雨…止んだみたいだな…」
「そうですね…」
「雨の日の記憶は…ロクなもんじゃねえ…」
「高耶さん…」
「だけど、いまは…おまえがいる…」
「…あなたに降る雨は、俺が受け止める…」
「直江…」
「あなたを愛しています…高耶さん…」
口づけは、雨のように高耶に降り注いだ。
冷たい雨の記憶を、ひとつひとつ消していくかのように、熱く甘く…─
End
【上杉様】よりの頂き物小説
＜管理人コメント＞
うえすぎさんのサイトにてキリ番ゲットしたリクエスト小説。
リク内容は「雨の中怪我してお持ち帰りされる高耶さん、さりげなく裏も有」。
雨と、寂しげな高耶さんの心と、暖かく癒す直江。
出会いのシーンも映像が浮かんでくるようですよね。そして跨る誘う高耶さん（色っぽいｖ）
「雨は受け止める」の直江もスキです。
感想は、上杉さんのサイト「clase azul」様へどうぞ
