‥儚い夢‥ （前編）

許されない罪 歪んでしまった、時の記憶、深い闇。 俺は錆びれていくこの腐敗した大地を街を、ただ遠くから眺めているだけ。 永遠を生きる己は、存在さえも朽ち果てた。 かつては俺も人だった、そう、人間だった。 抱えているのは“夢” 叶うことのない、最後の祈り――… ※※※ （ ――…誰だ？） 誰かが泣いている。 我が眠りを妨げるモノ…ダレナンダ…？ ああ、これは血の匂い。 血が俺を呼んでいるのか。 俺を狂わせる“血”の匂い。 ※※※ 「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ……ッッ！！」 一瞬、何が起こったのか解らなかった。 あまりの惨劇に声が出ない。 青年は、目を見開いたまま硬直してる。 気づいた時には、目の前に男の死体が転がっていた。 死体の首筋にはえぐられたような醜い傷痕、広がる血の海。 コトキレタ男の眼球は恐怖のあまり白目を向いている。 彼は喰い殺されたのだ、目の前にいるこの化け物に。 カシャン…。 「あ…ッ…」 青年高耶は、動揺のあまり手からナイフが滑り落としてしまう。 ナイフは凶器として使うはずだった。 目の前に無残に横たわる男を刺す道具として。 この男を殺すのはオレだった。 なのに、 殺意を向けた相手はもう既に息絶えている。 「や、やめろッ…近づくなッ！」 “――…俺を呼んだのはあなたか？” この深夜の闇に響き渡るような、低く胸に突き刺さるような深い声。 「なっ、なんのことか…わからねぇッ！…く、来るなッ！！」 ドクン…ドクン。 息があがる。 高耶は、恐怖で後ずさることしかできない。 男は、徐々に高耶の元へと近づいた。 土を噛みしめるように、ゆっくりと。 震えがとまらない。 （な…んでッ…足が、動かねんだよぉッ！） 月の光が、迫りくる男の全容を徐々に映しだしてゆく。 ――鳶色の瞳、並外れた端麗な容貌。 冷たく、まるで体温を感じさせないほどの白い肌、色素の薄い髪。 そして、纏う空気が尋常とは異なっている。 それは明らかにヒトではなかった。 高耶は先程目の前で見てしまったのだ。 瞬間を。 ――口元から垣間見えた、二つの“牙”を。 「――…どうして逃げるんです。そんな怯えた顔をして…。 　 俺を眠りから目覚めさせたのは、呼んだのは、あなたでしょう？」 男は逃げる腰を掴み、抵抗する高耶の体を、強い力で壁に押し付けた。 「やめ…ッ！」 「ここは昔の貴族の遺産とはいえ、ただの錆びれた居城。そして、忘れ去られた土地。 　 この地方に古くから伝わる言い伝えを、あなたも知らないはずはないでしょう？ 　 “ここに近づいてはならぬ。化物が住んでいるから”という伝説をね。 　 それとも時がたち過ぎてそんな噂も信じない世になったということなのか――…。 　 久しぶりですよ、ここに迷い込んだ者をこの眼でみるのは…」 高耶は拘束されたまま動けず、掴まれた痛みに顔を歪ませた。 「オレを、殺すの…か？」 すると、男は口元を歪ませる。 「簡単には殺しはしませんよ。退屈をまぎらわす道具にちょうどイイ。 　 …それにあなたの血はとても美味しそうだ」 ゾクリとくるような冷たい笑み。嘲笑。 高耶は怯えた瞳をして、静かに問いかけた。 「―…おまえは、誰なんだ」 「私の名は、直江。永遠を生きる“――ヴァンパイア”」 「ヴァンパイアだって？」 「永き眠りから、今、目覚めた者ですよ―…」 ※※※ 男は突然、乱暴に高耶の顎を掴んで仰向かせた。 「なにをッ…！？」 高耶は精一杯の侮蔑を込めて、鋭く直江を睨みあげる。 「イイ瞳だ…そそられる」 高耶は壁に張りつけられたまま、直江の視線に拘束に晒されて身動きが取れない。 押さえつけるこの男の力は、抵抗できるような尋常さではなかった。 「やめ…ろッ…はな…せッ！」 「…ひっ！」 直江の舌が、舐めるように首筋に触れる。 生温かく感じる―…濡れた感触。 「いや……ッ」 （血を吸われるッ！） 「いやだあぁぁぁぁぁーーッッ！！」 ズプリ‥‥ 首筋に凶器が突き立てられた。 二つの“牙”が、容赦なく柔らかい肌を引き裂く。 「あ…あぁッ……」 意識が遠のいてゆく。 全身の血が逆流する。 気の遠くなるような鋭い痛み、そして激痛。 体中の力全てが、まるで何もかも奪われてしまうような闇に呑まれていくような、そんな錯覚。 誰か…ダレカ… タスケテクレヨ――… 『お兄ちゃん…』 ――美弥？ 美弥なのか？ あぁ、おまえはそんなところにいたんだな…。 こんな暗闇の中で一人で、オレを探していてくれたのか？ ―…許してくれ。 オレもずっとおまえを探していたよ。 美弥、おまえがいなくなってから、オレは… オレは――…… もう、独りなんて ※※※ 「…んぅッ…」 男の舌が、わずかに付着する血液をゆっくりと舐め取るようにして拭う。 高耶の首筋にくっきりと残る、二つの傷跡。 血を取られた証が、ここにある。 「たまらない、あなたの血は極上だ…」 貧血状態で、一瞬気を失った高耶は、なすすべもなく地面に崩れ落ちた。 糸が切れた人形の如く、だらりと横たわる高耶の躰、虚ろな瞳。 しどけなく開かれた脚がまた、更に直江の嗜虐心をくすぐった。 冷たく見下ろす男の影がゆっくりと、横たわる高耶へと重なってゆく…。 高耶の耳元で、静かにそっと囁いた。 “―…あなたを犯しますよ” 驚愕のあまり、高耶は見開く。 男の手が、躊躇もなく内腿を撫で上げた。 無防備に露になった場所に、深く進入する長い指。 「―――…ッ！」 衝撃で喉が仰け反り、跳ねる高耶の躰。 「ここに、私を受け入れて…」 「い…やッ…」 「あなたが悪いんですよ、そんな瞳で俺を煽るから…」 「……やめッ‥」 「ヒッ…！あ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁ……ッッ！！」 断末魔の叫びが空気を引き裂いた。 想像を絶する激痛に、一瞬目の前が赤く染まった。 引き裂かれた場所から流れ出る鮮血が、下肢を汚している。 それはいっそ、男を誘いこむ証のように、淫らで――…。 仰け反るしなやかな躰は、突き上げる凶器に必死に耐えていた。 接合部から聞こえる卑猥な音が、この静寂な闇に響いてゆく。 「…もッ…ヒィッ…。あ…あぁッ…ゆるし…てッ」 “…死んじまうッ” 内部に生温い液がそそがれた瞬間に、こぼれ落ちる透明の涙が頬を濡らした。 絶望の中にみた、一つの思い。 “月が泣いていた” Continue ＜コメント＞ ヴァンパイアな直江が書きたかった模様。 そして高耶さんの首筋に牙が差し込むという描写をかいてみたかった（笑）。 ダークな設定、実はすきなんです。