砂漠に住む住民達よ
王国の守護、太陽の神のキリエよ。
我が祈りを――…聞きたまえ
*** King ***
歴史古き都、砂漠の王国―――パレス。
崇めるのは、太陽の神である守護神キリエ。
そのパレスの王都フィレリアでは、大国の象徴といえるべき青白い豪勢な宮殿が立ち並ぶ。
―――…１年前。
※※※
『――王よ！どうか、どうか信じてくださいませッ！！』
女は必死の形相で訴え、泣き叫ぶ。
『 キリエの崇める神に誓って、私達は、私達は決して王を裏切ったりなど…ッ！』
『――おまえ達は王である私を裏切り他国と共謀した。証拠もあがっているのだ。』
『王！いいえ、いいえ違います…ッ！！』
女、美奈子の側には一人の男がうつ伏せになって倒れていた。
体中は拷問の後だろうか、生傷が絶えず息もできないくらいに消耗している。
顔も殴られたためか、傷だらけで腫れているようだ。
その男がようやく片目を開き、言葉を紡いだ。
『――…み、美奈子…やめろ…ッ』
『兄さん、でもっ！』
“――処刑しろ”
『きゃあああぁぁぁぁ……ッ！！』
吹き飛ぶ大量の血。
一瞬にして、胸が赤く染まってゆく―――……
『美奈子…ッ！！』
※※※
『――直江、おまえは若く有望で将来もあった。
この国を支え、必ず我に力を貸してくれる男だと、信じていた。――…残念だよ』
王は目で合図をおくった。
側にいた軍兵が、もう一度帯剣を振りかざす。
直江は、一瞬獰猛な眼で上を睨みすえた。
――…死の直前に全てを曝け出したような、獣のような―…瞳をして。
“――…待て”
どこからか、直前に別の声があがった。
しかし、剣を振りかざして、今にも切り込む状態の軍兵の耳には届かない。
ザシュ……ッッ！！
『…クゥ…ッ！』
スラリと反れた刀身が、生身の肌を切り裂いた。
誰もが、男が斬られたのだと錯覚した。
だが斬られたのは、直江の前に庇うようにして現れた一人の青年。
流れ落ちた血は、彼の腕からである。
『――…父上。この者の瞳に嘘はありません』
『高耶、おまえ…』
彼を庇った青年、それはこの国の王子である第一後継者の高耶であった。
直江は驚きを隠せない様子で、目を見開く。
王子の腕からは、赤い血が溢れ出ていた。
そして、騒ぎ出す周囲などかまわずに、静かな瞳をして高耶はゆっくりと呟く。
『父上、この男が欲しい――…』
『彼の命をオレに下さい』
※※※
「――高耶様、こちらでしたか」
「……直江？」
高耶は闇の中、月の光を浴びながら瞳を閉じて、祈りを捧げるかのごとく天を仰いていた。
そして、静かにゆっくりと直江の方へと目を向ける。
「二人きりの時は、様はつけるなと言っただろう？」
「――そうでしたね」
直江は微笑した。
砂漠の夜は―――冷える。
このままずっと外にいるなど、自殺行為そのもの。
ふと部屋から姿を消した高耶を心配して、直江は探しに来たところであった。
「なあ、直江みてみろよ。この荒れた砂漠の地でも、こんなに綺麗な花が育つんだな…」
「そうですね」
過酷な環境で逞しく生きる、小さな華開く色鮮やかな花達。
この小さな光り輝く命のなんと美しいことか……。
高耶はどこか儚げな瞳をして、どこまでも続くこの砂漠の果てに目を馳せた。
（風の音が聴こえる）
次第に寒さに震える高耶の体を、後ろからそっと直江は抱きしめた。
（感じる、穏やかな温もり）
※※※
「――…今日、命日だったな。おまえの妹、美奈子の」
「……ええ」
「おまえの妹には悪いことをした、何の罪も無いのに…」
「――…いいんです、もうそのことは」
時が癒したのだろうか、直江の表情に陰りはもう無い。
「高耶さん、あなたが何も気に病む必要はありません。
裏切ってたのは、私の幼少時からの義理の育て親である父だった。
あの人だと知ったからこそ…逆らうことはできなかったのです」
（――…そう、恩あるがゆえに選択肢はもう決まっていた）
犠牲という名の選択肢が。
「あの時のおまえは、獣のような瞳をしていたな…」
「――…抑えきれなかったのでしょう。
妹が斬られ、それを何も知らぬ顔をして、あの場に平然といる義父を一瞬目にして。
何もかも、受け入れる覚悟はできていたはずでしたが、情けない話ですね」
「まるで、他人事みたいな言い方だな」
やりきれない表情をして、高耶が微笑む。
振り向きながら、そっと直江の頬に手をやった。
月光が、今まで隠れていた彼の腕に残る傷痕を徐々に照らしてゆく。
あの時、躊躇いも無く庇い、消えずに残った腕に残る深い、深い傷痕。
直江の命を救ったともいうべき“証”が、ここにある。
直江は静かに目を閉じて、傷痕を優しく癒すように口づけた。
祈るように――…
※※※
「愛しくてたまらない、俺だけの――…証だ」
「…直江」
「――私は、あの時一度死んだのです。
あなたの言葉に救われた。生まれ変われると思えた。
あなたのそばにいることが今の私の生きる全てなのです。
これだけは誰にだって譲れやしない。
もし、キリエの神が引き裂こうとするならば、神さえも逆らってみせる」
“気高き王よ――…”
直江は跪いてゆっくりと高耶の手を取り、今度は手の甲に優しく口づけた。
あなたはいつだって、誰よりも気高く、そして儚く美しい“光”
高耶さん、あなたは覚えていないでしょうね。
実は 幼い頃のあなたの姿を一度だけ拝見したことがあったのです。
いくら高級士官での家柄だとはいえ、国の宝である第一後継者の王子には、
眺めることさえ許されないのが常識のこの世界。
王が溺愛し、才ある類いまれなき容貌だと様々な噂を纏うその幼き王子が、
偶然通りかかった私に、微笑んだその時から……
――…手に入れたいと思った。
その為には今以上に『力』が必要だと感じた。
自分だけのモノにしたい。
このひとのそばにいたい―――…眩しくて。
『父上――この男が欲しい』
――…あれは永遠に叶うはずもなかった一番願っていた言葉。
なにより自分が抱え込んでいた思い。
獣のような瞳だと、あなたは言ったけれど、
それは願いが朽ち果てることへの最後の足掻きではなかったか――……
あなたは今でも汚れのない無垢な瞳のまま、変わることはない。
この世が果てようとも、決して離れはしない。
―――…永遠に誓う、この愛しい傷痕にかけて。
※※※
「……寒い」
「高耶さん、私はここにいるでしょう？」
「安らぎなら、いくらでも与えてあげる。
あなたが願うことなら何でも望みどうり叶えてあげるから。
――…だから、独りで痛みを抱え込んだりしないで――…」
「直江――…」
“愛している”
「オレは……」
溶けあい重なりあう口唇。
砂漠の夜に、新たな静寂が舞い降りる。
月がそれぞれの真実を隠すかのように――――……深く。
End
＜コメント＞
砂漠の民、月、オアシス、白い絹の布を被る王子高耶さん。
そして固く結ばれた主従関係はいいですねえ。
一番書きたかった部分は『彼の命を――…オレに下さい』という台詞です。
あと幼い頃にヒトメ惚れした直江かな。【2002,10,21／桜】