ワァッという歓声が辺り一面に響き渡った。 見上げると、大きな色鮮やかな花火が、闇夜の空高く次々と打ち上げられている。 ドンドンと打ち上げられる激しい音とともに、空に咲いては消えゆき、 その鮮やかさで綺麗な光の色合いは、見るものを強く印象づけていた。 ――今日は町一番の“夏祭り”である。 生暖かい夜風、赤々と照らされ連なる提灯、ひしめく人。 ざわめき、打ち上げられる花火、そして歓声。 毎年この日だけは、これ以上ないくらいの人ごみで賑わっている。 神宮へと続く細い一本道は、普段の静けさとはうって変わり出店が多く立ち並んでいた。 通る隙間のないほど人の込み合う状況が続いている。 この夏一番の最高気温とまで言われた今日の暑さは格別で、蒸し暑い空気が町全体を覆っていた。 ※※※ ――きっかけは、妹美弥の一言だった。 『お兄ちゃん、お祭り行こう！』 『はあ？』 高耶は、突然の妹からの申し出に目を白黒させる。 『お祭り行こうよ！ほら、見てみてお兄ちゃん、この新品の浴衣！』 美弥が目の前に広げたのは、新品で柄がおそろいの2枚の男女の浴衣であった。 『美弥のとお兄ちゃんのと、柄がおそろいになってるんだよ〜』 高耶はなんとなく予想がつきながらも、一応あえて聞いてみた。 『…美弥、どうしたんだよその浴衣』 美弥は、ペロリと舌をだして子供っぽい仕草を見せながら、直江の方へちらりと視線を送った。 『えへへ…、実は直江さんに昨日買ってもらっちゃったの』 （…やっぱり） 一瞬溜息を漏らしながらも、すぐさま高耶は直江の方へと視線を向ける。 『おい！こら直江！』 『おや、いけませんでしたか？』 わかっていて、わざとらしく微笑みながら､直江はさらりとかわす。 『だから、いけないとかそういうことじゃなくてッ』 『…美弥さん、嬉しそうですよ？』 『･……』 直江は、高耶だけに聞こえるように、耳元でそっと囁いた。 『高耶さん、今日のお祭り』 『え？』 『美弥さんと一緒に出かけてはどうですか？喜ばれると思いますよ 』 『…直江』 考えてみたら、久しぶりの自宅への帰宅であった。 高耶は直江の言葉を静かに受け止めながら、頷いて、小さく笑った。 『――…そうだな』 『なあ美弥』 『なに？お兄ちゃん』 『祭り、行こうか。譲も誘って』 一瞬きょとんとした表情をした美弥は、兄の答えがよほど嬉しいのか、いきなり抱きついてきた。 『もうッお兄ちゃん、大好きッ！』 『うわッ…！！』 ※※※ ―――というわけで、高耶は直江と共に、妹を引き連れて夏の夜の祭りへと出向いた。 高耶の誘いで、譲。 美弥の誘いで、千秋と綾子も一緒である。 「あっちーなぁ…、ったくなんでこんなに人がいるんだよッ！」 「…高耶、さっきから文句ばっかだよ？祭りなんだから人が多いのは当たり前だって」 うちわを必死に扇ぎながら、あまりの人の多さに愚痴ばかりこぼす高耶を、横でくすくすと譲が笑う。 一方直江は、軽く眉をよせて小さく溜息をついていた。 「･…高耶さん、それにしてもどうしてこの二人も一緒なんですか？」 直江の呟きは、千秋と綾子へと向けられている。 「なによ直江、文句あるっていうの！私たちは美弥ちゃんにぜひにと誘われたんだから」 「おう、そうだせ。可愛い美弥ちゃんからの誘いがあったこそ、こうやって俺様が出向いたんじゃねーか」 「…その割にはおまえたちが一番楽しんでいるように見えるが･･」 「ああ？！なんか言ったか？」 二人はギロリと直江を睨んだ。 「あんただって人のこと言える立場？！ 　 ･･ったくレディが浴衣着て着飾っているというのに、一言の褒め言葉もないなんて男として最低よ！ 　 まあどうせあんたは景虎の浴衣姿にしか目に入ってないんだろうけど」 「なッ！ね、ねーさん、なに言って！」 高耶は、綾子の言葉に、急にあわててふためく。 「――それのどこが悪いんだ晴家」 「あーあ、直江の本音がでちまったなあー…」 黙ってそれぞれの会話を耳にしていた美弥と譲は、お互いに視線を合わせて声を出して笑った。 すると出店の方へと向かった綾子が、美弥にこっちこっちと合図をしながら遠くで手を振っている。 「美弥ちゃーん、可愛い風鈴が置いてあるみたいよ。来てみない？」 「え？風鈴が？。わー行きますぅッ」 「美弥、花火は見なくていいのか？」 この夏祭り最大のクライマックスを飾る花火などお構いなしといった妹の様子に、高耶は思わず声をかける。 「うん、買い物してから見るからいいよ。まだ花火始まったばかりだし。お兄ちゃん先、行ってて！」 嬉しそうに店へと駆け出してゆく美弥が、ふと何を思ったのか、 再び高耶の側へと戻り高耶の耳元でぼそぼそと呟いた。 「お兄ちゃん、もう邪魔しないから、後は直江さんとゆっくりね♪」 「え？あ、…ああ」 と軽く頷きながら、すぐにハッと我に返った。 「なッ！み、美弥ッ！おまえ何言ってんだ、こらッ！」 顔を真っ赤にした高耶は、走りゆく美弥に向けて叫ぶ。 美弥は軽く笑って、振り向いただけだった。 高耶は呆れた表情をしながらも、“しょうがねぇな…”と苦笑する。 兄は、結局妹には甘いらしい。 くすくすと笑う声が、背中越しから伝わってきた。 振り向くと、可笑しそうに直江が微笑んでいる。 「･･･なに笑ってんだよ」 高耶はムッとして、照れくさそうに直江を睨んだ。、 「…いえ、美弥さんは、いくらあなたでもかなわない相手の様子ですね」 直江は楽しそうに言った。 「馬鹿ッ、からかうのもいいかげんにしろッ」 「はいはい…」 「――…高耶さん、あなたの…」 「直江？」 「美弥さんにだけ見せる兄としての優しい瞳が、時折うらやましく思うことがあります」 「――……」 「今日の浴衣、とても似合っていますよ」 そう言って、直江は高耶の前髪に優しく触れた。 「――そろそろ、花火がよく見える海沿いに向かいましょうか」 「……そうだな」 二人は折り重なるように混み合う人ごみの中から、近くの海沿いへと歩き出していった。 ※※※ 「うわ……ッ！！」 あまりの人ごみの多さで移動もままならない状態の高耶は、バランスを崩してこけそうになった。 「高耶さん！」 すぐさま、高耶の腰を支えて腕をつかみ、こけそうになる高耶を直江はしっかりと支えた。 「あ、サンキューな…」 （首筋に、直江の吐息を感じる…） 急に直江の体との密着したせいか、高耶は妙に緊張してしまう。 （同時に聞こえる、直江の心臓の音……） 「高耶さん、この人ごみですから、気をつけて…」 「あ、うん…」 周りの目を気にしながら、パッと直江から離れた。 高耶の頬はいくらか赤みを指している。 「しかし、ほんとにすげーな、この人の多さは。海辺にでるまで一苦労だ」 高耶は、どこか遠い目をして、あたりをゆっくりと見回している。 「前とちっとも変わってない…」 「――…高耶さん」 ※※※ 「うえーん…、うえーんッ」 近くで、小さな女の子が一人で大声を出して泣いている声が聞こえた。 「どうかしたのか？」 高耶が声をかけると、女の子は必死で高耶の浴衣の裾を掴んだ。 泣いて顔を擦りすぎたのか、涙に濡れ真っ赤になっている。 「お兄ちゃんが、お兄ちゃんがいないの…ッ」 「兄ちゃんと、はぐれたのか？」 うん、うんと、力を込めて女の子は頷く。 よっぽど一人で怖かったのだろう…高耶の浴衣をぎゅっと握って離さない。 「ほら…もう泣くな。お兄ちゃんを探してやるから」 高耶は腰を下ろして女の子のを心配顔で覗き込み、優しく微笑みながら涙を拭いてやった。 「どうやら、迷子になったようですね」 直江はあたりを見渡したが、この人だかりでは女の子を探している兄弟の行方はつかめそうになかった。 「それでは」 ――と言って、直江はひょいと女の子を抱き上げ、自分の肩に担ぎあげた。 直江の突然の行動に、高耶は目を見開いて一瞬きょとんとしてしまう。 「ほら、大声で呼んでみてごらん」 女の子は直江の言葉を理解したのか、深く頷いて、大声で兄の名を呼んだ。 「お兄ちゃーん！おにいちゃーーんッ。どこーッどこーッ！！」 （――…直江） 高耶は、急に可笑しさがこみあげてきた。 直江が女の子を肩車している姿などめったに見られるものではない。 誰に言ったって信じてもらえないだろう…。 よく考えたら、ちょっと普通でない光景かもしれない。 （男二人と小さな女の子。確かに３人家族…とは考えにくいもんな） 「…高耶さん。笑ってないで手伝ってください。」 「悪りぃ…つい…」 高耶は、まだ必死で笑いを押さえている様子だ。 すると、向こうから二人ずれの親子が、直江の肩に座った女の子を指差しながら駆けつけてくるのが見えた。 「みゆちゃん、みゆちゃん」 「みゆーッ！」 「おかあさんッ！、お兄ちゃんッ！！」 みゆと呼ばれた女の子は、母親と兄の姿を見つけて嬉しさのあまり泣き出した。 高耶と直江も安堵の表情を浮かべる。 そうして、無事女の子は、家族の元へと戻っていった。 ※※※ 「――驚いたよ」 「なにがです？」 「肩車…」 「……おまえ子供に、優しいんだな」 「意外でしたか？」 「――…いや…」 「オレさ、まだ幼い頃、夏休みに美弥を連れてこの夏祭りへよく来てたんだ」 「……え？」 「おふくろから小遣いをもらって、美弥と二人で、祭りを探索してさ。 　 人ごみに押されて、こけて擦りむいて泣く美弥をよく慰めていたよ。 　 あの子を見てると、思い出したんだ――…」 （そう、懐かしい思い出だ…） ――…語る高耶の眼は静かだった。 遠い昔の思い出を描きながら、そっと目を閉じた。 ※※※ 二人は人の群れから逃れて、花火が見渡せる近くの海沿いへと足を運んでいた。 海のすぐ側には森があり、森を抜けると神宮に続く細道へと繋がっている。 神宮裏手の川岸で花火を観るのが通常であるため、少し離れた海沿いは、 意外と人のいない穴場ともいえる場所だった。 もうクライマックスが近いのだろう。 次々と打ち上げられる花火が、連発で盛大に繰り広げられている。 赤、青、緑、そして黄色……。 眩しいくらいの原色の光が、見事に空で華開いていた。 虹、そして滝、橋。 また、数々の仕掛花火が、眺める者を強く惹きつける。 「すげー…綺麗だ…」 高耶は、花火に魅入って空を見上げていた。 直江は高耶の腰をそっと引き寄せて、高耶の唇に自らの唇を重ねる。 「―――…！！」 「馬鹿…ッ、なに考え…て…！」 「しっ…黙って。気づかれたくないでしょう？」 この海沿いは穴場といっても、人が全くいないわけではなく、 高耶達と同じ考えで、あえてここから花火を見て楽しむ者も少なくとも２０人くらいはいた。 すぐさま逃れて離れようとする高耶の腕を掴み、いったん唇を外すと、 今度は舌を入れて深く中を弄っていく。 ドンドンと直江の胸を叩くが、直江は気にせずに高耶の唇を塞いだ。 歯と歯。重なり合う舌と舌。躰の芯が熱くなる。 今度は高耶の方から、激しく舌を吸い上げた。 高耶の手は、直江の下腹部辺りを、浴衣の上から滑るように這わせてゆく。 驚きで直江が目を見開いた。 その瞬間に、高耶はようやく直江の唇から離れることができた。 「おまえ…ッ…場所、考えろよッ」 「花火に夢中で誰も見ていませんよ…」 キスの余韻がまだ残っているのか、高耶の瞳が潤んでいて、蕩けたような表情が消えない。 わかったような口調を示す直江が、妙に憎らしかった。 「ほら、高耶さん、天の川ですよ」 見上げたその先には、七色の光。 最後を彩る仕掛花火は、空に舞い散る光の星の大群が大きく光り輝いていた。 圧倒するほどに輝き流れる、満天の銀河――…天の河。 空に消えゆく瞬間を、じっと高耶は見つめていた。 「偽者の光など…あなたは見る必要なんてない…」 「……直江？」 高耶は、かたわらにいる直江に視線をおくった。 直江は、夜の潮風に揺れる高耶の髪を何度か優しく梳きながら、 その指先は、次に、頬へと移ってゆく。 「あなたのこの瞳の輝きの前では、どんな光さえもかなわない」 400年という永い時の中でも変わることなどなかった。 あなたの全てが魂が、この瞳に―…ある。 あなたの眼差しが、力となり、天となり、光となる。 惹かれてやまない、誇り高き美しい永遠の“光”――…… 「なによりも愛しい――……」 ザン…と、波の音が聴こえた。 空にはもう、イルミネーションは存在しない。 あるのは、天高く冴える月の光。 直江は高耶を見つめる。 高耶も直江を見つめている。 高耶は、そっと眼を閉じた。 今度は瞼に、温もりを感じる。 軽く触れるような、優しいキス…。 直江は全身で高耶を包んでいる。 （ああ、あたたかい…） 「直江、ありがとな…今日、来てよかった」 ※※※ そのころ、美弥達一行は、あまりに直江と高耶の姿が見えないので、 もう既に帰ってしまったのではないかとの疑問の声が上がっていた。 「お兄ちゃんと直江さん、花火見るっていってたのにどこに行ったのかなあ…」 「ふーん…直江さんと一緒かぁ。高耶の身が心配だな…」 譲の心配は他にあった（苦笑）。 「景虎ならもう帰っているわよ。私たちも帰りましょうよ〜」 「おい、あれじゃねぇか？」 千秋が指差した方向に、森からこちらへと向かってくる直江と高耶の姿があった。 美弥は急ぎ足で、高耶の元へと駆け出していった。 「お兄ちゃんよかったぁ！心配したんだよ？」 「美弥すまない、待たせちまったな」 「ううん、いいよ」 「そうだ！見てみてッ。これ千秋さんに買ってもらったの！可愛いでしょこの風鈴」 「おまえ、また買ってもらったのか。よくないぞ、人にせがんでばかりいるのは」 「せがんでなんかいないもんッ！」 「どーだか…」 美弥の前では、しっかり兄の顔となっている高耶であった。 直江は少し離れた所から、二人のやりとりを見守って静かに微笑んでいる。 気のせいか、いくらか浴衣が着崩れしている高耶の様子を不思議に思って、 千秋は、意地悪げに口元を緩ませてながら、からかうように高耶の胸元を指差して小さく呟く。 「おい、景虎おまえここ、虫食われてるぞ…？」 「なッ―――…」 カッと真っ赤になった高耶が、バッと胸元を隠すようにして浴衣を掴んで引き寄せた。 「あーらら…今の冗談だったんだけどなぁ…」 千秋は、ニヤニヤと笑っている。 「千秋、てめぇ……ッ」 「やだやだ、景虎どうしたのぉ？真っ赤になっちゃって、もうッ可愛いんだからあ♪」 綾子はビールを片手に、既に酔っぱらって出来上がった様子だ。 酔った勢いで高耶に抱きついてくる。 「ね、ねーさんッ、おいッ！」 「――…離れないか、晴家」 直江はあきらかに嫉妬を含んだ険のある眼差しをみせた。 祭りはもう終わりを告げたと言うのに、ここだけは、 まだまだ元気で勢いが衰えていない雰囲気が続いている。 ※※※ 「ねぇお兄ちゃん…また来年も来ようね」 高耶は一瞬、微かに動きをとめたが、やがて俯きがちに微笑んだ。 「――…ああ、そうだな」 （今のこのほんのひとときの時間が、ずっと続けばどんなにいいだろうか――…） 何もかも忘れて笑っていたい。 過去はもう振り返らない。 でも忘れたくはない、絆のぬくもり。 「来年もまた来ような」 「うん！」 “だから今は、ひとときの夢を見る” 祈るように、そっと――… End ＜コメント＞ 一周年記念として書いた、直高の夏祭り小説。 直江の肩車ネタは、某ガ○スの仮面の真澄さんとマヤのデートのシーンのパクリです。 私このシーン大好きなので、直高で一度やってみたかっただけです、ええ（笑）。 浴衣が乱れた理由…も書けたらいいなあ。。。。なんて（笑）【2003.08.11/桜】 BACK