*** Happy Birthday ***
おめでとうを…直江、おまえに＜２＞
「―――もしもし直江？」
『………………』
携帯からは、返ってくるべき反応が無かった。
それどころか、苦しそうな荒い息遣いが微かに伝わってくる。
高耶は心配になって、もう一度問い掛けた。
「――直江何かあったのか？！」
『…高耶さ…すみませ…ん』
「直江ッ！」
『――…すみません、
今日の夕食の約束…を、キャンセルしてもかまいません…か？』
「なお…」
『情けない話です。少し…風邪をこじらせたみたいで…熱が‥‥』
「熱だって！た、高いのか？今どこにいるんだ？！」
『――自宅です。出先から早退させてもらいました。
たった今…戻ったところ…です』
直江は息があがるのか、言葉の端々が途切れてしまう。
おそらく喋るのもやっとというところだろう。
熱っぽい吐息が電話越しに伝わるたびに、高耶は心臓が掴み取られるような苦しさを覚えた。
「オレ…ッ、オレ！すぐ戻るから…ッ！」
『――…高耶…さん』
「いいか、薬を飲んで、オレが帰るまでちゃんと寝てろよ！わかったな！」
『――…御意』
心配のためか、涙声になって叱る高耶の様子に、直江は微笑した。
※※※
（今日は本当にツキがない）
熱なんてだしたのは、何年ぶりだろうか――…
今日は高耶さんと一緒に夕食を取り、ホテルでゆっくりと過ごす予定だった。
特に自分の誕生日には拘ってはいないが、“何が欲しい？”なんて、
あなたがかわいいことを言うから、
今日という日を楽しみにしていたのは事実だった。
（なんだか頭が朦朧とする…）
風邪薬が効いてきたのだろうか―――……
※※※
「‥‥……え…」
「なおえ…」
目を開けると、視界には白い壁の天井と、心配そうな表情で見つめる高耶の姿が映った。
「高耶…さん？」
眠る直江のかたわらに座る高耶は、直江が目を覚ましたことにようやく安心した様子だ。
もう長い時間側にいて看病を続けていたのだろう…。
高耶のに目は、疲れの色があらわれていた。
「ごめん、起こしちまったな。
おまえ、すごくうなされていたから…大丈夫か？」
「――…ええ大丈夫です」
大丈夫といいながらも、直江の頬は熱の所為か上気していて、吐息も熱い。
「……いつ…戻ったんですか？」
「おまえから電話もらって、あれからすぐ駆けつけて家に戻ったんだ。
心配でいてもたってもいられなかった！」
「――…すみません、心配…かけてしまって…」
「いいから、もうしゃべるな…。もう寝てろ」
高耶は、冷たい水で絞ったタオルを手に取った。
直江の前髪をかきあげて、そっと額に手を当てる。
「……よかった、さっきよりも随分熱がひいたみたいだ」
濡らしたタオルを額にのせながら、高耶は安心した表情をみせて微笑んだ。
「体も拭いて、着替えないとな。
おまえ、シャツのまま着替えずに寝てしまったから汗だらけだろ？」
「ちょっと待ってろ。新しい氷と水、取ってくるから」
「――…高耶さん、待って」
直江はすがるような瞳をして、呟いた。
「…氷なんて要らないから、――…ここにいて下さい」
「……直江？」
直江は高耶の手を取り、自分の手を重ねて、ゆっくりと自分の額にのせた。
重ねられた直江の手の熱さを感じて、高耶は眉をひそめる。
「ずっと、…こうしていて…」
「……直江、でも…」
「――…あなたの手の冷たさが、とても心地いいんですよ」
「――……ここにいて」
鳶色の瞳で、子供のようにお願いをされてしまっては、
高耶には何もいえなくなってしまった。
「しょうがねぇな」
高耶は苦笑した。
だが譲れないものもある。
「だけど着替えはしてもらうぞ！いいな！」
「――ええ」
直江はくすくすと笑った。
※※※
高耶は、直江に新しいパジャマに着替えさせた後、
濡れたタオルでベッドに横たわる直江の肌や汗を拭っている。
（こいつの胸って、胸筋って結構がっしりしてて…厚いんだ）
見慣れている直江の裸であるはずなのに、こうしてまじまじと眺めていると、
なんだか照れてしまう。
「…高耶さん、くすぐったいですよ」
気づけば、胸ばかり拭っている自分に気づいて、ハッと我にかえった。
「ち、…ちがうんだッ。これは別に！」
（胸ばかり拭って、オレ変態みたいじゃないか！）
高耶は恥ずかしさで頬を赤らめながら、ムキになって抵抗する。
「かわいいですねぇ…」
「ば、馬鹿っ！」
どうやら、怒らせてしまったらしい。
慌てて部屋を出て行こうと決めた高耶を、今度は直江が腕を伸ばして引き寄せる。
「―――うわッ！」
バランスを崩して、高耶は直江の上に倒れこむ格好となってしまった。
「――…おまえ、本当に病人なんだろうな？妙に元気いいじゃねぇか」
「２日振りにあなたに逢えたから、嬉しさで元気も出ますよ」
※※※
「……なあ、直江…」
「なんですか？高耶さん」
高耶は横たわる直江の胸元に頬を擦りよせたまま、そっと問いかけた。
「オレ、本気で心配したんだぞ。
帰ってきて、 ぐったりしたおまえの姿を見て……どうしようかと思った」
「…すみません、高耶さん」
「――…死ぬほど心配かけやがって、……ばか…」
「でも、たまには病気するのもいいものですね。
おかげであなたにつきっきりで看病してもらえるのですから」
「なに、甘えてんだよ…ったく」
嬉しそうな表情をする直江を見て、高耶は、溜息をついたあと、小さく笑った。
※※※
「オレ…おまえにあやまらなきゃ…いけねぇことが…」
「どうしたんですか？」
「おまえの誕生日だっていうのに、オレ結局、何もプレゼントを用意できなかったんだ。
何にするか迷ってて、何を買ったらいいのかわからなくて、――結局当日になっちまった」
「……高耶さん」
「―――おまえの喜ぶ顔がみたかったのに……」
やりきれない表情をみせる高耶の頬に、直江の手のひらが重なった。
やわらかな手の温もり――…
「…直江？」
直江は穏やかな深みのある声で、微笑して答えた。
“わかっているでしょう？”
「私がほしいのは、あなただけですよ」
「――…なおえ…」
「――…高耶さん、あなただけだ」
「こうして、あなたの側にいられるだけで私は幸せなんです」
見つめてくる潤んだ黒い瞳。
この瞳に、俺は何度捕らわれたことだろう――…。
照れくさそうな表情をしながら、高耶は肉厚な口唇で、熱を持つ直江の額にくそっと口付けた。
直江の首筋に顔をうずめて、小さく囁く。
「直江、誕生日おめでとう」
（ああ…この嬉しさを、どう伝えたらいいんだろう――……）
愛しい人がこの腕の中にいる、その喜びを。
「ありがとう、高耶さん」
※※※
「プレゼントの変わりといっちゃなんだけど、明日はおまえの好きなもの作ってやるからな」
「――久しぶりにあなたの肉じゃがが食べたい」
「わかった、楽しみにしてろよな」
「―――…ええ、でもその前にあなたを食べたい」
「は？」
「あなたがいいんです」
「――なッ！おまえ病人だろうが！！」
５月３日は、直江の誕生日。
この男が、もっとも我ままを要求できる日でもあった。
Happy Birthday...
＜END？＞
＜コメント＞
熱を出す直江を看病する高耶さん、というのが書きたかったのです。
直江が喜ぶはずと思いまして（笑）。
中途半端な形で終わってますが、このあと、おまけ編（エロ有／笑）が実はあります。
こちらは裏ページで読んでみて下さい。
しかしこの話ちゃんとＢＤ小説になってます…？イマイチ不安だなあ 【2003,5,28／桜】