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*** 窓際の風景 ***
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「橘様、こちらへどうぞ」 ここは街並みから少し離れた小さな町、町一番の老舗旅館。 老舗ではあるが建物自体はさして古びた様子は無く、醸し出すこの土地特有の空気が心地よい。 旅館の中庭はいつ見ても見ごたえ充分だ。 （一年ぶりに訪れても、何一つここは変わらない） 橘照弘は、久しぶりに訪れたこの地を懐かしく感じた。 「そうだ、この部屋だったな」 「はい、去年はこの朝顔の間で親族や家族そろってお過ごしになりました」 「――…ああ、そうだったな」 （―…そう、あの時は……） ※※※ 『義明何してるんだ？もう宴会は始まってるんだぞ』 『ああ…兄さんすみません。なんだかすごくここが落ち着くので』 『――…気に入っているんだな、その場所を』 そこは、部屋の片隅にある窓際。 ただぼんやりとした表情で壁に馴れかかりながら、義明は外を眺めている。 『―…義明。そんなに気がかりなら、なぜ一緒に連れてこなかった？』 『兄さん…』 『せっかく高耶君もこっちに来てることだし、誘えばいいといったじゃないか』 『――…ええ』 『誘ったけどダメだったのか？』 『――兄さん。あのひとは必要以上に遠慮して気を使ってしまう方なんです。 今回のことだって私は正直言ってここへ来るつもりなどありませんでした。 なのに、“毎年の行事なんだろ？家族と過ごしてリフレッシュしろ”と逆に説教されましたよ』 『高耶君らしいな』 『…そうですね、でも、今は連れてこなかったことを後悔しています』 『義明…』 『窓から見えるこの紅葉の風景が、あまりにも美しくて あの人にも見せてあげたいと、そう思えたんです。』 きっと喜んでくれるに違いないから―――… 『そう考えると、ここから離れがたくなってしまって…』 そう言って義明は微かに微笑みながら、その秋の風景をまるで懐かしむように眺めていた。 ※※※ 「――…橘様？どうなさいましたか？」 旅館の女中は、不思議そうに尋ねた。 「えっ？ああ、すまない。弟の事をちょっと思い出してしまってね…」 「弟さん…」 「――不詳の弟なんだが、今どうしているかと思ってね」 照弘は、以前弟が座っていた窓際に目を向けた。 窓際から見える色鮮やかな紅葉の木々の風景は、前と少しも変わりない。 毎年紅葉の時期になると、親族家族総出で訪れていたこの旅館も…今は自分ひとりだけ。 だけど、どうしてか…ここに来るのを止めることはできなかった。 この窓際を見る度に、弟の （――…義明の姿が、記憶が、まるで昨日の如く目に蘇ってくるから） 『兄さん』 穏やかな瞳をした、弟の微笑んだ表情を未だ忘れることはできない。 照弘は、もう一度かみしめるように窓際を眺めた。 「おまえが今もそうやって、笑っていられるといいんだがな…」 ――そう願いを込めて。 End ＜コメント＞ （照弘）視点からみた直江を書いてみました。 浴衣を着て窓際に腰掛ける直江の姿って、なんかいいなあ。【2002,10,17／桜】 |